1週間前ぐらい前のことです。
毎年写真を撮らせていただいているご家族の奥さまが、お話があるとスタジオにお越しになりました。
その内容は、ご主人の遺影写真を準備したいので最高の写真を選んでほしい。そして、ご主人が余命わずかであることを涙ながらに告げられました。
このご家族(以降Aさんとお呼びします)との出会いは、ある日突然やってきました。ピンポーンとチャイムが鳴り玄関を開けると、そこには厳つい坊主ヘアーの大男が立っていたのです!
スタジオのご見学というのは時々あるのですが、いきなりお越しになるお客様は非常に稀です。というのもうちのスタジオは、常にドアが開け放たれている路面店ではなく完全予約制のスタイルをとっているからです。ただでさえ稀な突然のご来訪に加え、その圧倒的なビジュアルはインパクト絶大でした。
今だから言いますが(奥さまにも話しました)、ほんとにスタジオに上がってもらって大丈夫かな?と、ちょっと躊躇したぐらいですからね笑
でも、実際は全然違ったんです。写真は好きだしお洒落さんでした。スタジオやボクの写真のシンプルな感じもとても気に入ってくださり、結構話が弾んだことを覚えています。
それからAさん家とのお付き合いが始まりました。写真も毎年、ご家族の記念日だったりお子様の節目のときは必ずと言ってよい程ご依頼いただきましたし、お写真の仕上がりもいつも大変気に入ってくださいました。
決して多くを語る訳ではありませんでしたが、リスペクトしてくださっているのはボクにも十分伝わってきました。
これからもずっとお付き合いさせてもらえたら嬉しいなと思い始めた頃でしょうか、奥さまからAさんがご病気であることを告げられました。
病名はガンです。
それを聞いたときはちょっと信じられませんでした。というのも、お会いすれば全然顔色も良いですし、げっそり痩せたとかそういった感じの印象もなかったからです。
しかし確実に少しづつAさんの身体を、ガンは蝕んでいったのです。それからは抗がん剤治療の影響もあり、見た目の印象も少しづつ変わっていきました。
皆さんも御存知のように、抗がん剤は一般的にその成分の強さに比例して副作用が強く出ると言われています。吐き気や倦怠感、中には苦痛を感じるものもあるそうです。
しかしAさんはどんな副作用があっても、奥さまに対して辛いと泣き言を言ったことが無かったそうです。それどころか、少しでも可能性があるならば、リスクをとってでも新しい治療にチャレンジし続けたということでした。
ボクが最後にお会いしたのは、今年の春に桜の木の下で撮ったお嬢さまの七五三撮影でした。確かにしんどそうだなと感じる場面もありましたが、それでもお嬢さまの七五三という晴れ舞台を、時おり顔をクシャッとさせながら、心からお喜びになられているのが見ていても良くわかりました。
秋には紅葉のもとで改めて写真を撮りたいから、その時はお願いしますなんて言ってくれていたんです。
しかし、その約束も果たすことができなくなってしまいました。
1週間前に奥さまからお話を伺ったときも、ボクは声を上げて泣いてしまいました。ご依頼いただいたご遺影の写真を選んでいるときも涙が流れてきました。
けど今のボクにできるのは、現実をしっかりと受け止め、写真を愛してくださったAさんのために最高の笑顔の一枚を選ぶことだと、そう自分に言い聞かせました。今は悲しい意味合いが強い写真でも、やがて奥さまやお子さんたちを励ましてくれる、ご家族にとってお守りのような写真になるかもしれません。
いや、写真にはそういう力があると信じています。
人はいつか死にます。どんな人もです。この世に生まれたからには、いつか必ず死ぬのです。肉体は灰となり土に還りますが、思い出や記憶は心のなかにずっと生き続けることができます。
写真は、それをより強力に心に鮮明に映し出す力を与えてくれるアイテムです。音も出ませんし動くこともありませんが、だからこそよりリアルに記憶を呼び覚ますのです。
今朝、奥さまからAさんが亡くなったとLINEがありました。
夕方、奥さまと息子さんの二人でご遺影写真のお受け取りにお越しになりましたが、プリントした写真をご覧になった奥さまは涙されていました。写真の中のAさんは本当に素敵な笑顔で、この方がこの世にいなんて思えない、そういう優しく温かい笑顔でした。
ボクは小学生の息子さんを抱きしめながら、「何かあったらいつでもおじさんを頼ってね。とっても辛いだろうけど、ママのこともしっかり守ってあげてね」泣きながらそう伝えました。
ボク達は普通に明日も生きれると、当然のように思っていますよね。大半の人はそれが普通なことだって、意識すらしていないと思います。でも元気に毎日過ごせるって、実はめっちゃ奇跡なんじゃないかなって。
事故や事件、突発性の病気や災害で亡くなる方は、今日朝起きたときに、まさか自分が死ぬなんて誰一人予想なんかしてないはずなんです。
そう。命ってそうやって突然無くなってしまうことがあるってことです。だからこそ、生きていることに、おはようとおやすみなさいが言えて、泣いたり笑ったりしながら、当たり前のように一日を過ごせることは、実はものすごく幸せなことなんだと、Aさんのおかげで更に強く思えるようになりました。
Aさん、スタジオにふらっと現れて、写真をたくさん愛してくれてありがとうございました。元気に毎日を過ごせることに感謝します。後悔しないような生き方ができるように、精一杯過ごそうと思います。
コメント